ベートーベンの人間関係

天才音楽家として、現在でもその名を残しているベートーベン。一般的に「天才」と呼ばれる人たちは、一筋縄でいかない性格であることが多いですが、ベートーベンも、とても個性的な性格をしていました。

ベートーベンの人間関係(つづき)

ベートーベンの数ある肖像画の中でも1番有名なのがライオンのような髪型をした肖像画です。気難しそうか表情をしていますが、実際のベートーベンもかんしゃく持ちとして、 とても難しい性格をしていたそうです。

自分の気に入らないことがあれば、楽譜を破り捨てたり、近くにある物を投げたりしています。ベートーベンはハイドンの弟子となり、初めて本格的に音楽を習っていましたが、かんしゃくのため、ハイドンとケンカをして別れたと言われています。ベートーベンはそんな性格のため、人間関係に、とても苦労していたようです。

かんしゃく持ちのベートーベンと上手に付き合うことができた人がいます。ベートーベンの秘書であるアントン・シンドラー、弟子のツェルニー、友人のフランツ・シューベルトです。秘書のシンドラーはベートーベンの伝記を残しています。

ツェルニーは9歳でベートーベンの弟子になります。ツェルニーは、のちにリストの師匠となります。友人のフランツ・シューベルトは、「野ばら」や「アヴェ・マリア」でも有名な音楽家です。ベートーベンとは30歳近く歳が違いますが、ベートーベンはシューベルトの才能に惚れこみ、親しくなっています。

ベートーベンとモーツァルト

共に有名な音楽家であり、3大巨匠とも呼ばれているベートーベンとモーツァルト。ベートーベンの父親ヨハンは、息子であるベートーベンを天才ピアニストにしようと考え、幼い頃から音楽を教え込みます。その理由はモーツァルトがいたからです。

すでに天才音楽家として有名だったモーツァルトですが、彼もまた、幼い頃から父親によって音楽を教わっていました。

モーツァルトの父親は宮廷音楽家であり、モーツァルトの優れた音楽の才能を早々に見出します。モーツァルトを連れて、ヨーロッパ中を旅します。モーツァルトの3時間ほどの演奏で、父親の収入の8年分を稼いだとも言われています。

モーツァルトイメージ

ベートーベンの父親は宮廷歌手であり、自分の息子をモーツァルトと同じようにしたい考えるのは、当然でした。父親の音楽教育は、とても厳しいものだったようです。

ベートーベンにとってモーツァルトは、偉大で尊敬する人物であったと同時に、嫌な前例を作った人物でもあったようです。

1787年、16歳になったベートーベンは、ウィーンで30歳のモーツァルトと出会います。ベートーベンはモーツァルトに弟子いりを希望しますが、不幸にも母親マリアの死亡と時期が重なり、故郷へ帰ることとなります。

モーツァルトは、この4年後に亡くなり、 ベートーベンが弟子入りすることはありませんでした。

ですが、モーツァルトとの出会いにより、ベートーベンは音楽家として歩む決心をしたと言われています。


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